大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)2123号 判決
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〔判決理由〕三、損害
(一) 将来の逸失利益
一、〇五七、三七四円
<証拠>を綜合すると、原告は、本件事故により、むち打ち損傷の傷害を受け行岡病院に昭和四二年八月一五日から同月一六日まで通院し、同月一七日から同年一二月一五日まで入院し、同月一六日から昭和四三年一月一七日まで通院し、同月一八日から同年二月三日まで入院し、同月四日から昭和四四年五月一四日まで通院し、同月一五日から同月一六日まで入院し、同月一七日から同年九月二日まで通院し、通算して一二九日通院し、尾上眼科医院に昭和四二年九月一日から昭和四四年八月一三日まで通院して治療を受けたこと、原告は、事故当時三七才であつたが、レントゲン検査の結果によると、第一頸椎の形成異常、第一、第二頸椎関節の左右非対称性、第二頸椎棘突起の異常肥大、脊髄管腔も異常で上にいく程狭くなつていること、頭蓋骨にもかなり著しい左右非対称性がみられること、いわゆる頸肋があること、などの先天性奇形が認められ、外傷に対する抵抗力が弱く、頸椎に対する受傷の影響を強く受けているうえ、もともとヒステリー性格であつたものが事故による受傷ならびにその後の外傷性頸部症候群の症状などによる急激な感情的緊張が機縁となつてその潜在的なヒステリー性格が表面化し、心気的抑うつ的な神経症状が発現したため、客観的な検査所見とは必ずしも一致しないのに、目がかすむなどの視力のおとろえ、ふらつき、吐気、目まい、首や肩のこり、異常発汗、手のふるえ、興奮すると硬直状態となること、字が書けず無理に書いても右下りに字が崩れてしまうなどの多彩な症状を長期にわたつて訴えつづけていること、しかし右症状は原告の右ヒステリー症状の発現によるものであつて詐病ではないこと、右症状は適切な精神科的な治療によつて軽快を期待しうるものであること、原告は、昭和二三年五月一日から昭和二九年七月一五日までは有限会社中田鋳工所に勤務し、同年一〇月から自衛隊に入隊してテレタイプの通信手をしていて任期満了により昭和三七年に除隊し、同年一一月二八日から昭和三八年三月二七日までは、日本電信電話公社東電話局の準社員として勤務し、事故当時は株式会社魚越に入社した直後で、月給は少くとも、三〇、〇〇〇円を得られる筈であつたが、本件事故による受傷のため、右の症状を訴えて以後全く就労せず、収入を得られなくなつたこと、原告は、事故前は頑健であつたが、事故後右の症状のためほとんど正常な社会生活を営むこともできなくなり、事故後母親が死亡したため独りで生活しているが、症状は少しづつよくなつており、昭和四六年ごろからは外へ買物に出かけて自ら調理できるようになり、同年夏ごろには八百屋の手伝に出たこともあり、囲碁も一日四、五局は打てるようになつたことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、原告が訴える多彩な症状はむち打ち損傷によつて直接生じたものではなく、原告の潜在的に有していたヒステリー性格が外傷を機縁として顕在化し、神経症を発現するに至つたものであるが、原告には潜在的に頸椎の奇形があり、かつヒステリー性格の素因を有していたとはいえ、事故前は健康でその潜在的な素因は本件事故による受傷によつて始めて発現したものであるから、原告の事故後の症状は本件事故と因果関係があるものというべきである。しかし一方原告の右症状は原告の前記頸椎の先天的な異常および潜在的なヒステリー性格の素因をその一因とするもので、かかる奇形および性格的素因を有するものは、本件事故がなくても、将来些細な衝撃ないし精神的緊張によつて発病する可能性が十分考えられるうえに、原告の右症状自体次第に軽快しつつあり、将来精神科的治療や賠償問題の解決等による精神的安定によつて軽快する可能性もあると思われるから、原告の本件事故による昭和四四年一二月一四日以降の逸失利益を算定するについては、その労働能力の喪失率は五割、喪失期間は七年程度と考えるのが相当である。従つて原告の逸失利益を、月収三〇、〇〇〇円とし、年毎のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると別紙計算書(2)記載のとおり一、〇五七、三七四円となる。
(山本矩夫)